もはやAIが文明進化の歴史から削除されることはないと思う。
AI否定もAI肯定もしないけど、私は適当に楽しませてもらっています。
たとえば但馬の小京都と呼ばれる町の写真。
加工なしJPEG撮って出しオリジナルはこちら⬇️

真ん中の写真撮ってる人越しに時計台を撮った。
しかしどうも真ん中の人は必要なかったかも?とAIにつぶやくと、勝手に画像加工が始まった。
そしてできたのがこちら⬇️

まぁここまでは既存の現像ソフトでできるでしょう。ですが、さらに「道が寂しくなったからやっぱり人を入れて」というと出してきたのがこちら⬇️

驚きました。なぜこの人にしたの?と聞くと、この街の雰囲気に合うからと。そこでこの人はどんな顔をしてるの?と聞くと、

ちゃんと振り向かせてきました。
ちなみに、全く架空の人物らしいです。
プロンプト(AIに対するコマンド)一つで、写真の中では自由自在に世界を作り変えることができるようです。現実の世界でなくてよかった。最初の男性を消してしまったのが架空の世界でよかったです。
また簡単なタイムトリップもできます。
同じく出石の同じ場所で撮った写真⬇️

これを江戸時代にした写真がこちら⬇️

さらに200年後の未来へも⬇️

難しい作業なくプロンプトだけですぐに出来上がりです。面白くもあり怖くもあり…
普通の風景写真もゼロからできます。
たとえば「紫陽花の写真作って」というと⬇️

まずまずですが物足りないのでよくあるパターンですが、「寺を背景に入れよう」と⬇️

まだもう少し、
今度は寺を主役に「紫陽花を装花に」というと⬇️

最後に「この写真の白っぽい空は必要ないから木で埋めて」というとできたのがこちら⬇️

どうでしょう?どこかにありそうなバエ写真が出来ました。
つまり、自分のイメージした脳内画像があれば、AIとそれをある程度具現化していけるわけです。
今までの写真の楽しみ方からは外れてしまいますが、現像ソフトでもすでにAIが入っているのですから、どれだけAIをかませるか?という匙加減が面白くもあり、ある意味で何が現実かわからなくなる危うさもあります。
これからさらにAIは使いやすくなり、歩どまりのよい仮想世界を作っていくと思います。
ですから、あえてこんな時代に写真を撮る重要性とはどこに?という問題が発生するのですが、それはまた次回に。





